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奈良地方裁判所 昭和49年(ワ)90号 判決

原告 前川治二 ほか一名

被告 国 ほか二名

代理人 松本有 間井谷満男 阪本格弘 ほか三名

主文

原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告国は原告らに対し、別紙物件目録(一)記載の各土地について奈良地方法務局斑鳩出張所昭和四八年九月二八日受付第八四七四号原因昭和二五年七月二日自作農創設特別措置法第三〇条の規定による買収、所有者農林省の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2  被告吉田勝治は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して、同目録(一)1記載の土地を明渡し、かつ昭和四八年五月二六日以降右明渡済まで一か月二万四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3  被告吉田正男と原告らとの間において別紙物件目録(一)1記載の土地につき原告らが所有権を有することを確認する。

4  訴訟費用は、被告国との間に生じたものは同被告の、被告吉田勝治との間に生じたものは同被告の、被告吉田正男との間に生じたものは同被告の各負担とする。

5  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら三名)

主文同旨

第二当事者の主張 <略>

第三証拠 <略>

理由

第一原告らの被告国に対する請求の判断

一  請求原因1、3、4項記載の各事実は、当事者間に争いがない。

二  <証拠略>を総合すると、奈良県農地委員会は、昭和二五年四月二六日自創法三〇条の規定に基づき本件土地について所有者を二ノ丸シズ、買収時期を同年七月二日とする未墾地買収計画を定め、同年四月二〇日ごろその旨の公告をし、奈良県知事は、昭和二六年四月一九日ごろ右買収計画を認可したうえ、同年五月一日ごろ本件土地の所有者として二ノ丸シズに対し、本件買収令書を交付するとともに買収対価三〇三円を支払つたことが認められ、これを動かすにたる証拠がない。

右認定事実によると、奈良県知事は、昭和二六年五月一日ごろ本件土地の所有者として二ノ丸シズに対し本件買収処分を行つたものであることが明らかである。

三  そこで、本件買収処分のなされた昭和二六年五月一日当時本件土地の所有者は二ノ丸シズであつたか、それとも原告ら主張のとおり原告らであつたかについて検討してみる。

<証拠略>を総合すると、(一)原告吉川孝夫(養子)の妻吉川トキハの本家筋に当る訴外吉川奈良三郎は昭和一八年以前、本件土地付近に本件土地を含めて山林五筆(総面積三反三畝三八歩)、田二筆(同三四六平方メートル)、畑一筆(同六・六一平方メートル)等を所有し、吉川トキハはその以前、右吉川奈良三郎から右田、畑を借り受けてこれを耕作していたこと、(二)吉川奈良三郎所有の前記不動産全部はその後高村仙松やそのほかの第三者に転々と譲渡され、昭和二一年ごろ原告前川治二の姉に当り、かつ、原告吉川孝夫のいとこに当る二ノ丸シズの所有するところとなり、二ノ丸シズは右不動産のうち前記山林五筆についてそのころ自己名義の所有権登記をしていたこと、(三)昭和二五年四月二〇日ごろ原告吉川孝夫が一万三、〇〇〇円、原告前川治二が一万円をそれぞれ支払つて同日二ノ丸シズから前記不動産を買い受けたこと、(四)そして原告らは、前記不動産のうち前記山林五筆については売渡証書を作成して同日二ノ丸シズからその所有権移転登記を受けたが、その余の田、畑等については、農地法所定の奈良県知事に対する許可申請手続等の関係上、昭和五〇年四月一七日に至つてその所有権移転登記(ただし、前記高村仙松から吉川トキハ名義に移転)が了したものであること、以上の諸事実が認められ、これに反する証拠がない。

そうすると、原告らは、昭和二五年四月二〇日二ノ丸シズから本件土地を買い受けてその所有権を取得しているものであり、したがつて、奈良県知事がその後の昭和二六年五月一日ごろ二ノ丸シズに対してなした本件買収処分は、本件土地の所有者を誤認した違法があるものといわなければならない。

四  しかしながら、このように所有者以外の第三者を被買収者とした未墾地買収処分であつても、それが当然に重大かつ明白な瑕疵あるものとして無効になるものではない。

<証拠略>を総合すると、(1)前記のとおり、二ノ丸シズは、原告前川治二の姉であり、また同吉川孝夫のいとこであつて、原告らとは親族に当ること、(2)原告らが二ノ丸シズから本件土地を買い受けたのは、本件買収計画が公告された前記昭和二五年四月二六日から六日以前の同月二〇日のことであり、しかも原告らは、本件買収処分のなされた昭和二六年五月一日以前、一度たりとも本件土地を開墾したり、これを占有したことがないこと、(3)原告らは、前記のとおり二ノ丸シズから代金合計二万三、〇〇〇円を支払つて前記山林五筆、田二筆、畑一筆等を買い受けたものであるが、そのうち田、畑については、その当時二ノ丸シズが大阪市内に居住していて、自創法三条に基づき不在地主として買収されるおそれがあつたため、同人所有名義の登記もなされておらず、したがつて、本件買収当時原告らは二ノ丸シズから前記山林五筆だけを買い受けたような外観を呈さざるを得ない状況にあつたところ、これを客観的に観察すれば、本件買収処分のなされた昭和二六年五月当時の経済事情や貨幣価値上、原告らが二ノ丸シズに対し代金二万三、〇〇〇円もの高額な代金を支払つて同人から果して本件土地を含む前記山林五筆を買い受けたものかどうか疑う余地が充分残されていたし、また、右代金額は、二ノ丸シズと原告らとの間で作成された右山林五筆の売渡証書(<証拠略>)の代金額一万一、〇〇〇円ともそごしていたこと、(4)原告らは、前記買収計画公告後の昭和二五年五月一一日ごろ奈良県農地委員会に対し、「二ノ丸シズ宛に本件山林の買収計画通知がなされたが、原告らは同人からこれを買い受け、その登記済みであり、また、本件山林を薪炭、採草、自家開墾すべく買い受けたものであるから買収計画より除外されたい」旨の異議申立をした。右異議申立を受理した同委員会は、同年六月七日ごろ現地に臨んで原告らの陳述を聞くなど調査したうえ、同月二八日ごろ原告らに対し右異議申立を却下する旨の決定通知をした。しかるに、原告らは右決定に対し、自創法三一条五項が準用する同法七条四項の規定する訴願や同法四七条の二に規定する取消訴訟を提起しなかつたこと、(5)そこで、奈良県知事は、前記のとおり昭和二六年四月一九日ごろ前記買収計画を認可したうえ、同年五月一日ごろ二ノ丸シズに対し本件買収処分を行なうに至つたものであること、以上の事実が認められ(これに反する証拠がない)、以上認定の事実関係のほかに、本件買収処分後の事柄ではあるが、<証拠略>によつて認められる、(6)原告吉川孝夫および被告吉田正男は、昭和三〇年一〇月二五日ごろ平群村農業委員会に対し、農地法六五条の規定に基づき、未墾地買収地である本件土地につきその買い受け申し込みをし、同委員会の進達に基づき奈良県知事は、同年一一月一日ごろ原告吉川孝夫に対し本件土地のうち別紙図面(c)(d)記載の土地部分を、被告吉田正男に対し同図面(a)(b)記載の土地部分(別紙目録(一)1記載の土地)をそれぞれ売り渡しているものであり、このように原告吉川孝夫は、本件土地についての買収処分の有効性を認めていたものであること、(7)原告らは、被告吉田正男が昭和三〇年一一月一日奈良県知事から本件土地のうち別紙目録(一)1記載の土地(前記(a)(b)部分)の売渡し処分を受けたのち、同被告の父である被告吉田勝治が昭和三九年一二月ごろ同目録(一)1記載の土地を整地してその地上に本件建物を建築し、以後同被告らが本件建物で居住生活をし本件土地を占有していることを知りながらこれに異議を述べず、その占有を以後長年月にわたり放置していたこと、(8)しかも原告らは、昭和四〇年ごろ被告吉田正男の要請で、前記売渡し処分により原告吉川孝夫の取得した前記(c)(d)の土地と、被告吉田正男の取得した前記(a)(b)の土地との境界を確認するにつき、これに立会い、前記目録(一)1記載の土地(前記(a)(b)部分の土地)が同被告の所有であることを認めるような態度を示していたことなど本件土地に関する一切の事情を考察すると、奈良県知事が昭和二六年五月一日当時、本件土地の真の所有者は、原告らでなく二ノ丸シズであると認定して二ノ丸シズに対し本件買収処分を行つたのは無理からぬ点があり、本件買収処分の前記所有者誤認は、単なる取消し原因となるにとどまり、いまだ重大かつ明白な瑕疵あるものとして無効原因になるものではないというべきである(最高裁判所昭和四二年九月二六日第三小法廷判決、判例時報四九九号三七頁参照)。

五  原告らは、奈良県知事が原告らに対し買収令書を交付しなかつた違法があると主張する。なるほど、本件全証拠によるも、奈良県知事が本件土地の買収計画に基づいて原告らに対し買収令書を交付したという事実を認めることができない。しかし、奈良県知事が本件土地の真実の所有者である原告らに対し買収計画に基づく買収令書を交付しなかつたのは、前記所有者誤認による当然の結果であつて、本件買収処分につき右所有者誤認の点が当然無効とならないこと前認定のとおりである以上、原告らに対し買収令書の交付されなかつた点も当然無効にならないものといわなければならない。

なお、<証拠略>によれば、奈良県知事は、昭和四八年九月二七日原告らに対し修正買収令書を送達していることが認められるところ、右修正買収令書は、前記買収計画に基づく買収令書でないことは、<証拠略>と対比して明らかである。右修正買収令書は、その法的根拠が必しも明確ではないが、本件土地の前所有者である二ノ丸シズに対する本件買収処分が当然無効とならないこと前認定のとおりであるから、原告らは、本件買収処分の関係では、自創法三一条五項に準用する同法八条、一一条の未墾地所有者の承継人に該当し、奈良県知事は原告らに対し前記修正買収令書をもつてその旨通知したに過ぎないものと解することができる。

六  つぎに本件土地が本件買収処分当時、自創法三〇条一項一号に規定する農地の開発に供することのできる土地であつたかどうかについて検討してみる。

<証拠略>を総合すると、(1)本件土地は近鉄生駒線元山上口駅の北西約四〇〇メートルに位置し、本件土地の東南側には田畑が散在していること、(2)本件土地は、北から南に流れる竜田川の右岸沿いに走る山の北端にあつて、東、南、北の各辺には、昭和二五年以前から道路が敷設され、その道路から本件土地の最高部まで約一〇メートルの高低差があるに過ぎないこと、(3)昭和五五年五月二〇日当裁判所が実施した現場検証時における本件土地の地位、形状を平面図に表示すれば、ほぼ別紙図面記載のとおりであつて、その地相から同図面表示のとおり(a)ないし(d)の四区域に分類されるところ、(a)区域は、右検証時、平坦な土地であつて、本件建物の敷地になつているのであるが、昭和二六年五月当時はやや平坦で雑木、雑草が生えていたものであり、(b)区域は以前から雑草の生えていた窪地であり、(c)区域は、山層の露出した荒地であつて、この区域の数か所には高さ二メートル前後の岩石および石塊が散在し、その土質は、小豆ないし大豆大の礫混りの赤土を主成分とする砂質で肥沃性に乏しいものである。しかし、この(c)区域は本件土地のうち一割に満たない面積しかないものであり、(d)区域は山裾の傾斜する土地であるが、以前から雑木が生い茂つていること、(4)奈良県開拓審議会は、本件買収計画樹立前の昭和二五年三月二八日ごろ係官を派遣し、本件土地を含むその周辺の買収予定地が昭和二四年一月一八日付農林省次官通達「開拓適地選定の基準に関する件」(<証拠略>)の選定基準に合致するかどうかについて調査させたところ、同基準第八土地の性質についてはA傾斜地三級地、B土層の厚さ三級地、C土性三級地、D礫三級地に該当し、いずれも右基準に適合する土地であるという結果が判明したこと、(5)本件土地は、別紙図面のとおり半島状をなし、その大部分が南面ないし東面しているから日当りがよいこと、(6)水利の点については、本件土地をう回する道路に沿つて別紙図面中青線部分に幅三〇センチないし六〇センチの側溝があり、その側溝にはかなり豊富な量の水が山の手から終始流れていて、これをかんがい用水に利用することが可能であつたこと、現に原告吉川孝夫は、昭和三七年ごろ前記(a)区域の一部に野菜畑を一時作り、その際、右側溝の水を利用していたものである。(7)したがつて、本件土地のうち前記(c)区域を除く、その他の区域については、これを開墾し、肥培管理を施こせば、芋類、野菜畑、栗、柿やその他の果樹園を容易に作れる可能性があつたこと、(8)被告吉田正男は、昭和三〇年一一月一日ごろ奈良県知事から前記のとおり本件土地の売渡し処分を受けたのち、本件土地を開墾すべく、昭和三一年以降前記(a)区域につき土取り作業をしたが(その間、原告吉川孝夫が同被告に無断で右区域の一部に前記のとおり一時野菜畑を作つた)、その後食糧事情の好転により、その開墾作業をやめ、同被告の父被告吉田勝治において昭和三九年一二月ごろ前記のとおり(a)区域内に本件建物を建て、その区域を本件建物の敷地としたものであること、(9)なお、原告吉川孝夫は、前述のとおり、昭和三〇年一〇月二五日ごろ平群村農業委員会に対し、本件土地の買い受け申し込みをし、同年一一月一日ごろ奈良県知事から本件土地のうち前記(c)(d)の区域につき売渡し処分を受けているものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠略>は、いずれも措信することができない。

右認定事実によれば、本件土地は、本件買収処分のなされた昭和二六年五月一日当時、農林省次官通達の開拓地基準に適合し、農業経営上開発に適するものであつたというべきであるから、自創法三〇条一項一号に規定する農地の開発に供することのできる土地であり、したがつて、本件土地を未墾地として買収の対象とした本件買収処分には、その点の違法がないものといわなければならない。もつとも、前認定のとおり、本件土地のうち別紙図面(c)区域部分は開墾に適さない土地であることが明らかであるが、その面積は僅かであり、また、前記奈良県開拓審議会が本件土地につき行つた開拓適地選定の基準調査に多少の過誤があつたとしても、もともとその調査判断は、極めて技術的、専門的知識経験を必要とするものであり、かつ自創法三〇条の未墾地買収の必要性の認定につき農地委員会は、目的地が開墾適地であるかどうかの点のみならず、目的地付近の社会的条件、国の農業政策、資源確保の必要度等の諸要素を基礎とした相当広範な裁量権が与えられているのであるから、本件買収処分についての前記のような過誤は、前認定の事実関係のもとにおいては、その処分の無効をきたすような重大かつ明白な瑕疵に当らないというべきである(最高裁判所昭和三四年七月一五日第二小法廷判決、民集一三巻七号一〇六二頁参照)。

七  以上の次第で、本件買収処分は無効なものということができない。

そうすると、奈良県知事が本件買収処分にもとづき、本件土地につき奈良地方法務局斑鳩出張所昭和四八年九月二八日受付第八四七四号をもつてなした所有権移転登記は有効なものであつて、その抹消登記手続を求める原告らの請求は理由がない。

第二原告らの被告吉田正男、同吉田勝治に対する請求の判断

一  請求原因1、3、4、7、9項記載の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件買収処分が無効なものでないことは、被告国に対する判断の項で判示したとおりである。

そうすると、被告吉田正男が昭和三〇年一一月一日奈良県知事から受けた本件売渡し処分は有効であり、したがつて、本件土地のうち別紙目録(一)1記載の土地の所有権は同被告に帰属しており、また同被告の父吉田勝治が同目録(一)1記載の土地上に本件建物を建築所有し、右土地を占有していることは正当な権原に基づくものであるということができ、同被告らに対する原告らの請求は理由がない。

第三結び

よつて、原告らの被告らに対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上幸太郎 広岡保 楠本新)

別紙 物件目録 <略>

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